原発推進の「IAEA」事務局元特別補佐官が原爆資料館運営団体理事長に就任か

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原発推進の「IAEA」事務局特別補佐官だった小溝泰義・前駐クウェート大使を広島の原爆資料館(広島平和記念資料館)を運営する広島市の外郭団体「公益財団法人広島平和文化センター」の次期理事長に起用する案が浮上している。

小溝氏は、1987年~1991年までIAEAに外務省から出向。一年前の日本での講演で「(福島原発事故で)直接的な放射能による死亡者は出なかった」「原発ルネッサンスは止められない」と発言したムハンマド・エルバラダイ元IAEA事務総長と行動をともにし、見込まれてエルバラダイ氏が1997年に事務総長に選出された際には強く請われて事務局特別補佐官に抜擢された人物。
1997年から2002年まで補佐官を務め、2002年10月にはIAEAから功労賞を授与されている。2008年3月26日には、日本原子力学会春の年会で外務省国際原子力協力室長として、岡﨑俊雄氏(日本原子力研究開発機構理事長)とともに「原子力ルネサンスと日本の原子力外交」と題する講演を行なっている。

この人事案には大いに異論があるが、ヒロシマの現状ではそのまま実現してしまいそうでもある。これを受け入れる環境がヒロシマにはあるからだ。

例えば、広島平和文化センターは、外務省から原爆被害の実相を学ぶためのプログラムを受託している。また中国電力から寄付を受けている。

広島の被爆者団体のひとつ広島県被団協理事長の坪井直氏も原発事故後には「原子力発電に頼らぬ道を世界は求めるべきです」という一方で、「核の平和利用でIAEA(国際原子力機関)の強化」を求めているという具合だ。

ヒロシマには、原発問題について憂慮し、警告する役割が期待されているはずだが、浅井基文氏が「広島はますますヒロシマを自らの手で遠ざけようとしている」といったような流れは、止まっていないのだ。

2002年9月24日の日本共産党中央委員会機関紙「しんぶん赤旗」日刊紙によれば、小溝氏が室長を務めた国際原子力協力室を管轄する外務省科学原子力課には各電力会社から4人の社員が職員として送り込まれていた。

原発の維持が核兵器製造に欠かせないものであり、核武装への道をひらくものである以上、すべての核兵器廃絶、脱原発を望む団体や個人は、国際的に原発を推進してきた小溝氏起用については異論の声をあげるべきだと思う。(堀田伸永)

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